鬱蒼と木々の茂る森の中


「ああ…もう駄目…です…」


 そう呟いたのは一人の女、黒いローブに杖をついて歩く姿は典型的な魔女でしたが、頭巾を被っ
ていない髪は鮮やかな赤で、若く溌剌とした男装の麗人めいた人でした。
 しかし顔色は最悪です。
 ずるずると重い足取り歩みを辞めないその姿は、速さはなくともそれだけで猪突猛進という彼女
の性質をよく表しています。止まる事だけはしない。素晴らしい事ですが死に掛けてまで歩く必要
は無いのに、彼女は気づきません。
 進むにつれただでさえふらつく足元がどんどん覚束無くなり


 つん、ぱた。


 道の真ん中で、石に躓き崩れ落ちたのです。
 体の前面、特に人より秀でた胸の辺りを強打してしまいました。
「ふ、うう……」
 突如として彼女を襲った踏んだり蹴ったりに、起き上がるにももう持ち前の気力すら使い果てま
した。ここで一生が終えるのでしょうか――



「あなたなにしてるの?」
「るんですか?」



 そんな時彼女に声をかけたのは、とても小さな二匹の兎でした。
 黒かったり赤かったりする二匹はお互いに寄り添い、こちらを覗き込んでいます。大きな眼がき
ょろきょろ動く様がとても可愛らしいです。
 わぁ、良いなぁ…仲良さそう。
 とほにゃりと彼女は笑った後瞬きをしましたが、兎は消えませんでした。
 夢や幻の類では無かったのです。


「貴方達は…」
「わたしたちはうさぎよ。このあたりにすんでるの」
「すんでるんです」
「それよりあなたは?」
「だれですか?」


 はきはきと説明する快活そうな兎と、言葉尻を追ってすこし舌足らずに甘い声色で話す兎はお互
いに首を傾げています。


「ええと私は…魔女なんですが」
「まじょなんだ」
「なんですねー」
「で、その魔女がなにしてるの?」
「るんですか?」



 そこでやっと自分が小さな子達の前で寝転んでいる事実を思い出し、その羞恥が生きる力を与え
てくれました。
 彼女は体勢を直すと丁寧に正座までし、兎の視線まで頭を下げました。




「…ええとですね、その、この辺りになにかたべもの」




 が。





 ぐるるるるるるる





 説明より容易い効果音で、聡い二匹の兎は全てを悟った様で、心配そうな顔つきです。


「・・・おなかすいてるの?」
「・・・るんですか?」


 空いているのです、と言うのは魔女にはあまりにも酷です。
 魔女といえば手先が器用でなんぼなのに、料理が出来ないなどとどうして言えるでしょうか。
 それどころかうっかり火の元を破壊して住んでいた家が半壊して放浪していたなど…。


「…どうする?サクラ」
「…どうしましょうかねえさん」


 ひもじいのは可哀想よねそうですよね、と親身になって色々考えてくれているそうな二匹に、魔
女は顔を真っ赤にして違うんですこれは何かの間違いなんです、とまるで信憑性の無い言葉を並べ
ますが、そうこうしている間に兎は良い事を思いついたようです。




「ああそうだ、ちょっといったところにおなかがいっぱいになるいえがあるの。つれていってあげ
る」
「あげましょうねえさん」













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