目の前に置かれた浅いティーカップは底が見えない程のブラックティー。
それも魔女には大事な水分、有り難く飲み干すと白い魔女はまたカップを満たしてくれました。
可愛いけれどどこか底意地が悪そうかも…と思っていたので意外でした。
「…私はカレンと言います。貴方は?」
「魔女です…名前はバゼット」
「あら」
くす、と白い少女が笑った気配。
「なんですか?」
「……いいえ何も?」
白い少女は知らない振りをしましたが、黒い魔女の名はある筋では有名なのです。
拳に物を言わせる魔法が得意だとかで積んだ実績からうっかり物騒な二つ名で…それこそ魔女に
付ける様な名前ではないのですが。彼女自身にも不本意だろうという配慮からか、それを彼女に教
えようとする命知らずも今の所いないのでした。
魔女は少し身を乗り出して、神妙な声で言いました。
「誤解だけは解いて置きたいのですが、あの壁は私じゃありません」
そんな意地汚い事しません、と真剣な眼差しで言うと、少女はしれっとこう言いました。
「兎が食べたんでしょう?白かったり金色だったりする小さな兎」
その特徴はそのまま、あの小兎を指す物でした。
魔女は目を見開き「知っていたんですか」と呆けて言います。
「ええ、あの子はよく壁やら屋根やらよじ登ってよく食べているんです。窓とドアをやられた時に
は叱りましたが、壁は穴が開かない程度なら許していますから」
少女はお茶を啜りつらつらと続けます。
「あれらが私の主食だと言えども、丸ごと全部食べる事は出来ません。それに少々悪くなっていて
もあの子は怯む事も無いし、そういう意味で害はありませんね」
基本的には特殊な技法で防腐処理はしているけれど、定期的に修復する者もいるので量が減る事
に関してはさほど気にしない、の事でした。
「…………じゃあ、何故私はあのように詰問をされたのですか」
バゼットはからかわれた事に気づいてぶすくれた声でそういいます。
が、白い少女はだからと言って謝ったりもしません。
「あら。貴方の物欲しそうな視線に気づかなかった…という訳ではないのよ?」
幾らかトーンを押さえた声でそういうと、白い少女はテーブルを魔女の胸をわしっと掴んだので
した。
「?!」
「…………脂肪の塊の筈なのに、ずいぶん堅いわ」
魔女の鍛えた体に備わったボリュームある胸は堅い、とは随分ですが弾力は十分です。少女には
それがお気に召さないらしく、顰めた顔でわしわしわし、と更に激しく胸を揉みしだきました。
「うわ、あ、な、何をっやっやめなさいっ」
「ふふふふふ嫌なら反抗なさいこの程度で弱音を吐いていてどうするのバゼット(なんか言葉責め
的にうんぬんかんぬん)」
反抗出来ないのは少女の凶行?があまりにいきなりだったからとうっかり手を上げれば殺しかね
ないという心配があったからですが、その隙を上手く付き少女は只管以下省略。
数分が経った頃には、魔女は息も絶え絶えになっていました。
「意味が…意味が判らない…どうして胸が痛むんでしょうか…心なしか腫れぼったい…」
「…こんなでは食べでが無いわね……」
胸を押さえたまま呆然としている魔女には聞こえない小さな声で呟くと、少女は振り向き天使と
見紛う様な微笑を浮かべました。
とてもとても優しい表情です。
「え…?」
「お腹が空いているのでしょう?好きなだけ食べてお行きなさい」
「え?」
「随分疲れている様だし、そんな状態で外にでても行き倒れるのがオチだわ。なんなら元気になる
までここにいても構わないのよ?」
「え?え?」
いきなりの申し出です。
「ど、どうしていきなりそんな話に」
「どうしてもなにも、困っている人がいたら手を差し伸べるのが人というものでしょう。そんな貴
方を捨て置くなんて、人の道に外れた行いなど出来ないわ」
畳み掛ける様な言葉は、否応無しに疲れた心と身体に染みました。
いきなり胸を揉まれた辺りもそうですが、この部屋も彼女も、酷く甘い香りがするので
お腹がきゅうきゅうして辛いのです。
美味しいお菓子を食べさせて貰えて、優しくされるなんて、望みすらしませんでした。
「・・・・・・どうしますか?バゼット」
ああ、何だか名前で呼ばれるだけでもじんわり嬉しい。
「あの、その……」
結局魔女に、その申し出を断る術はありませんでした。
そうして魔女は、居候として少女の世話になる事になったのです。
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