注*相変わらず小さい英雄王とランサーが一緒に暮らしてます設定です。
ある朝ランサーが居間へのドアを開けると、小さな英雄王はソファに座っていた。
シルク地のクリーム色のパジャマは昨夜寝る前と変わらない。
起きて間もないのか、朝陽に透ける美しい金の髪には少し癖が付いている。
その様はまるで、絵本に出てくるまだまだ子供の王子様の様だ。
いつもなら苦笑しつつも、幾許か微笑ましさを感じる事だろう。
しかしその朝は違った。
ランサーの感じたのは、単純な違和感だ。
小さな身体に、何よりそのおおらかで明るいキャラクターに合わぬ、踏ん反り返った体勢。
丈の少し短いズボンからは裸足の足が覗いており、腕は窮屈そうに身体の前で組まれていた。
ぴりぴりとした雰囲気を全身から醸し出している。
「おい…どうかしたのか」
腹でも痛いのか、とランサーは子供の顔を覗き込む。
一点を見据えた紅い目が爛々と光る。
そしてランサーの心配などお構いなしに、頭に伸ばした手を素早く
払い除けたのだ。
ぴしり、と良い音を聞いて、下から強く睨み付けられた。
そして信じられない言葉を聞いたのだ。
「気安く触るな、狗風情が」
…………絶句。
「…それで、こんな所までやって来た、と」
そう銀色の女は呆れた顔で言った。
こんな所、とは丘の上の教会。
ある意味ランサー自身の本拠地ではあるものの、出来るだけ寄り付きたくないという理由で寄り
付いていない、カレン・オルテンシアの住処である。
カレンはそれを理解しているので、ランサーと顔を見合わせてまず第一に「あら見慣れない…迷
い狗」と一発ぶちかましてくれた。
はいどうもすみませんとりあえず狗はヤメテ誰かを思い出すから、とランサーは表情だけで語り、
カレンはそれを無視。
手に持っていた箒をランサーに手渡し教会内へと戻っていった。
「そうね表は適当で良いわ、終わったら中へ」
当然の如く紡がれた言葉にランサーは脱力する羽目に。
扱き使われるのは俺の運命なのかよ、だ。
与えられた仕事はさっさと終わらせた。
奥の部屋に入って行くと、カレンはちょこんと椅子に座って本を読んでいた。
当然の様に紅茶を淹れさせられ。
ランサーはやっと朝の事のあらましを語った。
目を白黒させているランサーに、ギルガメッシュは、
「…不愉快だ」
「何故、…いや」
と手の平をにぎにぎして呟いた後、全く面白くなさそうに最後まで無視し
「――ふん」
と自分の部屋に入って行った。
言葉の吐き方はどう見ても、「大きな」ギルガメッシュ。
平常時があまり平常ではない、何様我様英雄王。
どうやら俗に言う、「見た目は子供、頭脳は大人」になってしまった、という話だ。
ギルガメッシュが何故ああなのかは、カレンもランサーも知っている。
「日常」に執着の無い英雄王がある種の宝具を飲む事で、「現在」への参加を放棄したという事。
それなのに、きっと多分最も歪な形で自分を現したギルガメッシュ。
…とりあえず途方に暮れ、マンションを出て来たランサーだった。
「ええ私は何も……そんな珍妙な事が起こり得るのね」
一枚噛んでるのでは無いか、と頭に過ぎったマスターは、一言で完全否定した。
全く寝耳に水な様子だったが念の為、とランサーはずいっと身を乗り出してもう一言。
「じゃあ、心当たりみたいな物も無いのか」
「有る訳がありません、顔を見るのも久し振りと言うのに。二人共私のサーヴァントである自覚が
あるのかしら?…そもそも、私よりもまだ貴方の方が付き合いは長いでしょう」
マスターになって日も浅いカレンは貴方には無いの?心当たり、と尋ねる。
それに対しては、無いから来たんだろう、と肩を竦めるしかない。
カレンは少し考え込んだ様に俯いた後、顎を上げた。
「そうね…差し当たり昨夜の夕餉は何を」
「は?」
突拍子の無い尋ねに、カレンは平然と付け加える。
「食中りでも起こしたのではないかと思って」
…真面目に聞いて損した気分がした。
ランサーは顔を顰めた。
「…何でそういう話になるんだ?」
「だって飲む物なのでしょう?」
その宝具。
あー判った、この女あんまり真面目に話をする氣が無いのか。
力無く笑うランサーをつまらなそうに、というかやはり呆れているのだろう。
片頬だけ口角を上げてカレンは笑う。
「…その内戻るでしょう。長い事あのままだったのだから、拒否反応という訳でも無し……ああで
も、戻るというのがどちらに治まるのかは判らないわね」
どちらに治まるのか…確かにそういう事なのだろう。
それはランサーの意思の介在する所ではない。
しかし、何なのだろう。
複雑な気分がした。
「…とりあえず、一度帰ったらどうですか。朝食も作らずに出てきたのでしょう?」
きっと彼もお腹を空かせているわ、とまるで心優しき修道女の様に両手を組んでいるカレンに、
ランサーは度肝を抜かれて後ずさる。
「は、な、何で俺が野郎の為に!」
「まあ、あんな小さな子供を、中身が違うからと言って見捨てるの」
「事情が違うだろう!」
カレンの言い振りでは自分がまるで極悪人の様だ。
「俺は小さいのに雇われてやってたんだぜ?中身が違けりゃ、一緒にいる理由は無いって……そう
いう話だろう」
「だから出て来た」
「ああ、そうだ」
いっそ清々した気持でそう言うと、
「ふうん……もしかして貴方」
カレンは怯む事も無くにこおと笑う。
「……もしかして、拒否されたのがショックだった」
ランサーはぐ、と詰まった。
「ふふ、随分甘い蜜月を過ごしてきたようね」
あまぁい、少女の唇に乗ると蜂蜜の様な感触の台詞に、ランサーは知らず知らず顔を背ける。
蜜月、というのとは違うとは思うが、確かに二人はうまくやって来たと思う。
でもそれは、あれがギルガメッシュ、という意識は殆ど薄れていたからだろうとも、思う。
そんな中で突然汚い物に対する様に手を払われたのは――
「……ショック、って」
言葉にしてみればそれだけ、なのだろうか。
そんな、小娘の感傷の様な。
「…ふう。もう良いから貴方帰りなさい。許します」
カレンは動物を追い払う様にしっしっと手を振った。
その仕種が癇に障り、ランサーは小声で
「いや、別に許して貰わなくても良いけどな」
「…聖骸布でぐるぐる巻きにして、今のギルガメッシュの前に差し出すのも又一興、かしらね?」
「勘弁してくれ」
きっと楽しい事になるわと何処かの誰かの面影を感じさせる微笑に、ランサーは立ち上がる。
いつまでもうだうだしていると、本当にそうされそうだ。
気になる事は気になるし、帰るべきなのだろう、とは思う。
しかし、どういう風に振舞えば良いか判らない。
この癖の有る少女に相談する様な命知らずは出来ない。
今以上にからかわれるのは御免だった。
教会から出る直前、その背中に声が掛けられた。
「貴方、ここに来た時」
カレンは笑う。しかしきっと中では非常に非情な事を考えているに
「まるで股の間に尻尾を挟んでキュンキュン言ってる仔犬みたいで、とっても見物だったわ」
違いなかった。
最後までそんな風なカレンの言い振りに、ああやっぱり―とランサーは思う。
――やっぱり、教会は鬼門だ。
→