うわさのふたり(仮)





























十月十一日
大橋

駅前







 そうだ、あの小さい金ぴかから名刺を貰ってたんだった。
「お暇な時にでも遊びに来て下さいね」
 って言ってたし、行ってみるかな。






 と、名刺の裏にあった住所を訪ねてみてショックを受けた。
 目の前に立ち憚るのは、新都に最近出来たばかりの、高級マンション。
 所謂億ションという奴だった。
 とにかく、高い。
 その、大きさもだが、ロビーに入った所にさり気無く置かれた調度品やらなんやらがもう既に。
 高い。
 うっかりぶつかって壊したら、と思うとへっぴり腰になってしまう。
「……抜かった」
 小さくなってもあの金運スキルに違いは無いらしい。
 こんな所に来るのに手土産も無くて良かったんだろうか…と言うのも今更だけど。


 奥が居住スペースなのだろうか。
 頑固そう…重厚で大きなドアに行く手を阻まれている。
 入るには何らかの暗証番号みたいなのが必要な様だ。


 さて、どうしよう。


 ふと、人の気配を感じて振り返ると、部屋から警備員が出てきた。
 何故か俺を見て直ぐに、ドアに鍵を差し込んで、どうぞ、と中へと促された…なんで?
 恐る恐る奥に入ると、思っていた通りロビーと同じ位の大きさの空間。
 えらく手の込んだ彫りのある格子のエレベーターがある。
 これに乗るんだろうか、と考えていたら
「部屋は最上階になります」
「あ、ありがとうございます…」
 先回りして答えられて、流石に驚いたけれども。






 もっと驚く事になろうとは。






「あいよー、ギルガメッシュは只今部屋に篭もって――って、坊主じゃねえか。よお」
「――――」


 …何故此処でランサーが、エプロンで、おたまをもって立ってるんだろう。
 エプロンで。
 おたまで。
 今まではまだ、あまりに非現実的だから逆に面白いなと思う気持もあったけれども、これには本
当に息が止まった。
 間違いました、とこのこれまた馬鹿でかいドアを閉めようかとも考えた。
 けれど、ランサーは思い切り「ギルガメッシュ」と――珍しく名を呼んだのだ。
「坊主?」
「……あ、えっと」
 口どもっているとまだ高い子供の声がした。


「あ、お兄さんいらっしゃい!来てくれたんですね、昨日の今日なのに」


 ようこそーと。
 ひょこりにこにこ。
 ランサーの腰から身体を乗り出して来たのは、招いた主だった。
 つまり、小さい英雄王だ。
 あまりにも何で?という言葉が頭で氾濫しすぎて、喉から出て来てくれなかった。






「まあつまり、住み込みのバイトみたいなものです」
 不安になるほど広い居間のテーブルで、小さい金ぴかは説明した。
 絶句している俺に、ランサーはなれた手つきでコーヒーを差し出す。
 見れば、小さいののそれには当然の様にミルクが入っている。
 それを用意されたグラニュー糖を入れて一口啜ると、キッチンに戻ろうとしていたランサーを振
り向き、


「ランサーさんもこっちに座ったらどうですか?」
「あー、でももうちっとで晩飯の仕込み終わるから」


 止めとく、ごゆっくりと手をひらひら。
 小さいのはにこにこ笑いながら、
「…だそうです」
 だそうです、って。
 晩飯の仕込みって。
 何。






 細かい話によると、小さいのは、身の回りの事をしてくれる人間を探していたらしい。
 お金は困らないだけあった。
 衣食住にも困らなかった。
 けれどギルガメッシュ一人はやる事も無く暇だったので、街を徘徊している途中道端に落ちてい
た経済雑誌を拾い、その方面に興味をもった。
 …それだけのきっかけがどうなったらそうなるのかは知らないが、詰まる所、実業家的な事をや
っているらしい。
 このホテルも建てたのは本人で、まだ他の住居者は入れていないという…道理で人がいない筈だ。


「でもボク子供じゃないですか。表立ってそういう事してるって知られたら、変な顔されちゃうか
なと思ったんです。まあお金使えばどうにでもなる様な些細な事ですけど、だったらそういうのを
任せられる人が欲しくって」


 しかし、小さいのには、子供だというだけではない。
 まず、サーヴァントとしての側面がある。
 普通の何も知らない人間を雇い入れるというのは、難しかったのだ。


「で、丁度港で魚釣りと小金稼ぎ位しかしてないランサーさんがいたので、スカウトっていうんで
すか?来て貰った訳です」


 結局仕事は身の回りの事が主で、家政夫さん業に収まっている。
 顔を出す仕事をして貰おうかと思っていたけれど、今のところ表立って必要なかったそう。
 any question?と微笑む顔には邪気が無い。
 話の筋は通るが、やはり妙な感じは否めなかった。
 あれだけ根本からあわなそうだった二人が脳内にあるからだろう、
 ランサーは現状をどう思ってるんだろう…?


 折り良く、キッチンからランサーが手を拭きながら出て来た。
 特に思う所もなさそうに、にこっとこっちに笑う。
「お代わりいるか?」
「……や、お構いなく」
「ランサーさん、今日のちょっと濃過ぎです。胃が悪くなっちゃいますよ」
「俺はあれ位が丁度良いんだよ」
「ランサーさんの好みは聞いてません」
「わーったわーった」
 交わされる会話に毛羽立った感じなど少しも無い。
 口論どころか軽いじゃれ合い位な感じだった。


 ふと、何か小さな電気音がした。


「……何か鳴ってるぞ?」
「あ、すみませんボクです」
 ひょいっと椅子から降りて、部屋を出て行ってしまう小さいの。軽快なステップだ。
「……仕事みたいだな」
 ランサーが言う。
「仕事?」
「ああ。なんか良く判らんが、儲かってるらしい」
「まあ、そうだろうな」
 こんな所で暮らすのは、普通の稼ぎじゃ無理な事位ランサーだって判るだろう。
 自分でバイトしてた訳だし。
「ご苦労なこった、小さいのに」
 小さいのに、という発言には少し苦笑が含まれていて、それが何だか妙に気に掛かったので、
「…なあランサー。お前今の状況どうなんだ?」
「…どうって?」
「だから、ここで働いてるんだろ」
「うん、まあな」
「相手はギルガメッシュだぞ?」


 ランサーはぬ、と嫌そうな顔をする……金ぴかへの評価は良くないままらしい。
 複雑な表情のまま頭をぼりぼりと掻くと、でもまあ、と笑う。


「アイツは……まだまともだからな、ただのガキに見えるぜ」
「……確かにな」
 やってる事は少し異様だが、見た目や言動は確かに子供だ。
 それも礼儀正しい、常識的な。
 …大きなヤツを知っているからというのが大部分だが。
「それに働き口としては嫌なもんじゃないしな。知らなかったが、家事ってのにはなんか生活の根
本的な楽しみがあるぜ」
「それは判る」
 家事歴の長さを誇りたい程度には、判る。思わず返事も早くなった。
「だからまあ飽きるまではな、ここにいると思うぞ。多分」
「……そっか」
 ランサーは驚いた事に、小さいギルガメッシュは小さいギルガメッシュとして、別の相手だと思
って面倒を見てる様だった。
 庇護する相手、とまでいくかは判らないが、微笑ましくは映る。
 まあ、同じマスターに使えるサーヴァント同士なら仲が良いに越した事は無い。
 そこに給料を払う、っていうのがあるのはやっぱり妙な事なんだろうけどな。


「…やれやれ、すみませんお客さんが来てるのに」
 行ったのと同じ様に軽快に戻って来た小さいのに、ランサーはお疲れさんと頭を撫でる。
 髪の毛乱れちゃうじゃないですかとちょっと拗ねた小さいのに、もともと跳ねてるだろとランサ
ーが笑いながら反論する。


 ……なんなんだろうこれ。


「……失礼な事を聞くかもしれないけど、いいか?」
「え、なんですか?」
「うん、なんだ坊主」
「……俺、邪魔してる?」
 何となく楽しそうな雰囲気についていけない。
 本心から聞くと、二人は不思議そうに顔を見合わした後、
「別にそんなこと無いですよ。何でいきなりそんな話になるんですか?」
「なあ?」
「ねえ?」
 と小首を傾げて言われても、だ。
 仲の良さは、どこか兄弟とか親子とかそれ以外のとか、なんだか親密に見えるのだ。
 が、ランサーはそんな心中など知らずに更に言う。
「まあ坊主、暇ならお前も飯食ってくか?今日シチューなんで余裕あるぜ」
「あ、お、お構いなく…」
 帰るし、というと
「ランサーさんのシチュー美味しいんですよ。ほうれん草がたくさんがはいってて甘いんです」
 引き止められてしまった。
 しまいには肩に手を回された。
 逃げられない。
「おら、ご主人様も言ってんだろ、食ってけ食ってけ。たまには男所帯の雑な飯食え」


 知らぬ所で根にもたれてる様だ、俺。






 ランサーは雑な飯、と言い切ったがシチューは結構美味かった。
 けれど、どうしてかあんまり匙は進まなかった。
「ランサーさん、若干塩入りすぎですけど美味しいですよー」
「じゃあ文句言わねーで食え」
 こつん、と頭を突付かれた小さいのは暴力反対とけらけら笑う。
「――――」
「坊主全然減ってないけどどうかしたか?」
「や…美味いよ。大丈夫」
「どうしたんですかお兄さんかしこまっちゃって」
「お代わりあるから遠慮なく食え」
「残しても良いですからねお兄さん」
「お前は人参食えよ」
 えーと抗議の声。


 ……帰りたい。






 しかしその後も、ランサーが茶菓子があるから食えば?とお茶を出してくれた。
 しかもランサー自体は買い物だかなんだかでコンビにに出掛けてしまい、小さいのはお茶を啜り
ながらテレビを見ている。
 ギルガメッシュだとは判っていても、こんな夜中に一人家に置いて行くのはなんとなく、と思い
ながらも別に会話が弾む訳でもないのだ。
 居心地は悪く、なのでぼんやりと大きな窓から射す月の光を見ていた。


 何だか頭が麻痺してくる。


「空気読めないんですねお兄さんって。何まったりしてるんですか。ていうか帰らないんですか?
そんなにボクとランサーさんの夜の時間邪魔したいんですか」


 冷やかな言葉が突き刺さる。
 その目もちょっと呆れた様に笑っている。
 それは子供の物だが、ちょっと大人だ。
 多分、大きなギルガメッシュでもしない言い方だった。


「……もしかしてと思ってたんだがお前、ランサーの事を…?」


 ずっともしかして、とは思っていた。
 だってなんか、ランサーはともかくとしてこいつはどこか、
 わざといちゃいちゃしてる様な感じがしたのだ。
 子供らしい拗ね方をすれば、子供が嫌いではないランサーは、構わずにはいられないのだろう。
 少しの間の後、ふう、と溜息をつく。
 子供は頬杖を付いて、少し大人びた声で言った。
「…まあ、初めは普通に面倒見てもらおーと思ってたんですけどね……想像以上に献身的なんです
よね、あの人」
 …そういえば、三枝を口説いてる時もそういうのに弱い、と言ってた気がする。
「優しーし、可愛いとこあるし、何より四六時中一緒ですし。これで好きにならなきゃ嘘だと思い
ますけど?」









 好き?!
 好きって言った?!






 あまりの事に椅子から転げ落ちてしまった。
「え、大丈夫ですか?頭に虫でも沸きました?」
 考えてみれば暴言だがそんな事無視して叫んだ。
「お前ギルガメッシュじゃないだろう!!!」
 不審そうにこちらを覗きこむ目は、大きい。
 子供だからだ。
「…目悪いんじゃないですか?割と見た目的にはそのまんまでしょう、ボク」
「だってギルガメッシュはそんな素直に人を好きだとか言うようなヤツじゃない。気に入った相手
は即俺の物だって当然の様に思ってたぞ」


「っ!」


 あ。
 ショックを受けた様だった。
 ……本当の事を言い過ぎた。
 相手が子供であるのには違いないのに。


 しかし小さいのは苦笑しながら、言うのだった。


「……そういう人なんでしょうね、ランサーさんの中でもボクって。…嫌われてたんだろうなって
感じはあります。彼、ちゃんと会った時すっごい嫌そうな顔してたし。でもだからかな、嬉しいん
ですよね。今、あの人が笑うと」


 あ、今蕁麻疹出た。


「なんかね、悔しかったみたいです。ボクはひねくれてたから…これからひねくれるから?気に入
ってる人が他の…例えばお兄さんとかなんでしょうけど。笑ったりしてるの見ると、いらいらして
たみたいで、今日もなんかそういうの判ったんですよね」
「……や、別にそういうつもりは」
「判ってます。…だから言いたい事は」


 すう、と息を吸う音。
 ギルガメッシュはとても楽しそうに笑った。


「今凄くボク楽しいんです。あの人との普通の暮らし。おままごとみたいで」


 ずっと終らない訳にはいかないですけどね、と。
 おままごとと言い切る声は、吹っ切れて明るかった。







「今帰った……ってお、坊主帰りか」
 丁度靴を履こうとしる所に、ランサーが帰ってきた。
 ビニール袋をぶら提げた姿はなかなかどうして普通の兄ちゃんだ。
 エプロン姿で外を出歩くのはどうかと思うが。
 玄関までがもう普通の家の一つの部屋の大きさは裕にある。
 大の男二人が留まった所で、まごつく事は無い。


 でも俺は靴紐を結ぶ手を止めた。
 つっかけを脱ごうとしているランサーをじっと見る。


「……どうした?」
「ランサー」
「ああ、何だ?」


 思い切って問い掛けてみる。


「……今楽しいか?」


 ランサーは戸惑ってこちらを暫く見ていたけれど、
 その内苦笑して「…ああ、まあな」。


「そっか」



 じゃあ、俺が言う事なんて無い。
 そうやって暮らしていれば良い。
 まるで仲の良い兄弟みたいな二人を見て、そう思った。






「…じゃあ、俺帰るよ」
 やっとそう言って笑うと、ランサーも人懐っこい笑みをくれた。
「ああ、気をつけてな」
 ふと、後ろからたったっと軽快なリズムが聞える。
 おかえりなさいーと言いながら、こちらに目配せ。
 駆け寄り耳元に口を寄せ――


「あ、ランサーさん中に入ってて下さい」


 とまず家政夫を追い払った。
 不思議そうな顔でまあ、じゃあなと声を掛けて部屋に入っていったのを
 見届けた後、
 もう一度口を寄せてくる。
 ぼそ、と声。


「……ボクら、まだ清い関係なんです」


 とんでもない爆弾だ。
 子供の言う好き、だと嘗めてはいけなかった様だ。
 というか、


 性、愛、


 という事なのだと考えが及ばなかったというか。
 思わずひっと変な声を出しそうになる俺の口を小さな手が塞ぐ。
 意外に力が強い。


「静かにしてくださいよ。で。今はそれで良いかな、って思ってます。ていうか、ぎりぎりまでは
この茶番、楽しみたいんですよ」


 少年はその日一番尊大に笑った。









「だからこの四日間。
 お兄さんが止める自信がついたら
 とりあえずまた来て下さいね?」









 ……無理矢理張り付かせた微笑は、あまりにも無理矢理で、
 次の朝まで剥がれる事が無かった。










+++++
撃さんとメッセでホロウ小金槍話中、


小さいギル様はちゃんとした所に住んでそうー
でも自分で自分の事やれなさそうー
いっそ槍を雇っちゃえば良いのにー
槍は小さいギ様になら優しいよー
小さいギ様と槍がきゃいきゃいしてたら可愛いよねー


で。


メッセの最中から
「これ書けそう!」
と遅筆な入が三時間位で書きました。
本当に遅筆なので奇跡です。
妄想ギャグは楽しいですね!



【入】