注*小さい英雄王とランサーが一緒に暮らし始めてまもなく、のお話です。
























  ××うわさのふたり0.5××















 ピンポンとチャイムの後、返事を待たずに「宅急便でーす」とお決まりの若者の声が聞こえた。
 ドアを開け姿を現すと、青年は彼の青い髪に驚いたのか、びくっと後ろずさっていく。
「……」
 こちらが悪い、申し訳無い…とは流石に思わないが、何度目かで慣れっこではある。固まったま
まの男の胸ポケットからペンを取り、「どーもご苦労さん」と一見何と記してあるかは判らないが何
となく上手く見えるサインを滑らせる。
 再びポケットにペンを差し込み、ドアを閉めてフィニッシュ。
 仕種は全て熟れており、淀みない。
 随分現代に馴染んだ物だと思いながら、ランサーは居間に戻る。


 ソファーの上にちょこんと見える送られ主の頭に、声を掛けた。


「おい坊主」
「……」


 返事は無く、ランサーは首を傾げる。


「おーい?ちっさいのこっちだ。荷物来てるぞ」
「……」


 お前のだぞー、とランサーは繰り返す。
 が、頭は、こちらを向く素振りも無い。
 じっと動かないままだった。


「…寝てんのか?」


 寝てたっけ?とソファーに近づいて行くと、


「聞えてんのかチビー」





「――っあーっもうっ!いい加減にして下さい!」





 激しい怒号が重なった。


 ランサーは目をぱちくりさせる。
 怒鳴られてショック、では無く、は?なんで?位の、呆けた顔を晒して。それを見た子供は、ま
るで大人がする様に頭を抱えてソファを飛び越えてきた。行儀は悪いが、その様は軽やかでうっか
り惚れ惚れする程だ。ひゅーやるー。
 子供は何か決心したかのように「あのですね」と、ため息を付いた。


「…なんなんですか一体」
「へ?」


 ランサーにはその発言が酷く抽象的に聞こえた。意識した事が無かったからに他ならないが、子
供は一度深く頷き、もう一度言う。


「そーです。それにまるでなってません」


 更に抽象的だった。


「…何に」
「何に、じゃないです。ランサーさんの態度です」
「はぁ」


 気の無い返事をしながら、ランサーは再び頭を掻く。
 それが子供の癇癪の呼び水になるかと思えたが、子供は黙ったきりになる。しばらくの無言。
「あー…それで?」
 ランサーから切り出すが、


「……だから、ええと」


 とやはり覚束無い答え。
 さすがアレ、難しいガキだな、とランサー。


「あー、もっときちっと仕事しろ、って事か?与え付けられた事はきっちりやってるつもりだが」


 とりあえず家事全般はお願いします、後は追々。
 そう言われて始めたこのバイト、慣れはあるにしても、流石に家事全般全てにおいて行き届いて
いるとはまだ言い難い。何か気になる手落ちでも、と思いつく事を口にしてみるが、子供はいや…
と否定した。


「…仕事はちゃんとやって貰ってます」
「そっか」


 賃金を貰うのだから、要求される事はこなしたい。こなせているなら良かった。そんな単純な事
だがランサーは安心した。
 しかしそれでも子供自身考えが纏まらない様で、ごにょごにょと胸の前でシャツを摘んだりして
いる。ただ他人に当たりたいだけなのか、どうなのか。ランサーもどうした事やら、だ。面倒な気
分になる。


「じゃあ何だ…もっとそれらしく傅けとでも言うのか。お坊ちゃまは何が御気に召さない?」


 多少慇懃無礼な口調で軽口を叩いてみると、子供はきっと態度を改めた。
 冷ややかな目で睨まれる。





「馬鹿にしないで下さい」





 その言葉はとても真摯に響いた。







「確かにボクは貴方を雇ったけれど、忠誠を誓えと強制した覚えも無く貴方もその筈です。…形だ
け敬われて満足するようなそういう人間だと思われるのは、はっきり言って不愉快です」








 あまりに立派な発言と雰囲気に一瞬飲まれ、ランサーは
「悪い。調子に乗った」と謝るしか出来ない。


 子供がはっとする。


「ああ……違う、すみません。そういう事が言いたいんじゃないんです」
「?そういうって…どんなだ」


 う、とまた口篭るが、子供は恥じ入りながら


「だから…笑わないで下さいね」


 頬をあっと赤く染めた。





「なんかこう…犬みたいでやなんです。ランサーさんの呼び方」





「…犬?」
「坊主―とか、ガキーとか。今日なんて言うに事欠いてチビって、チビって……」





 子供は震えながら、それってまるっきり子犬みたいです、と訴える。今度は腹立ち紛れという雰
囲気だ。





 …随分デリケートな上、プライド高い。
 可愛い所あるじゃないかと少し笑った。



「あー判った判った、気を付ける」
「じゃあ…ちゃんと」
「……あ?」








 あまりの小声にランサーは聞き返す。
 それを見て、目を伏せたままやけくその様に少年はランサーに告げた。








「名前で呼んでくれますか」
「――――あー、」







 言いよどむ大人に子供はこれが最後と叩きつける。









「それに大体、呼ばれるのだっていっつもご飯の時とか用事の時とかでつまんないんですよ」
「――――あ?」









 しかも子供は素で可愛らしく寂しそうに続けた。








「……家事とか別に…程々で良いのに」








 ここまで来ると、どれだけ鈍感でも真意が判って来ようという物だ。
 しかし失敗すると修復不可能になりそうな問題を孕んだ今の状況、ランサーはとても用心深くゆ
っくりと主人に問いかける。


「間違ってたら悪いんだが」
「……はい」





「何お前もしかして…構って貰えなくて…拗ねてた?」





「……悪いですか?ボクだって子供です。」





 ランサーは噴出しそうになった。


 先程はあれだけ凛々しく雇用についてを説いた彼が、開き直って「ちゃんと構え」と、恥ずかし
いのを誤魔化す様に偉そうにふんぞり返っているのを見ると、もう何だか。


 折れてやらなければならない様な気がしてしまうじゃないか。





「……ああ、出来る限りは善処するよ、ご主人様」


 ランサーがおどけて言うと、子供は一瞬面食らったみたいに、でも直ぐにちょっといやらしく笑
う。


「ご主人様、って良いですね。それならボク毎日でも許します」
「…撤回、お前なんざ坊主で十分だ」


 ランサーも苦笑しつつ、けれど朗らかに笑ってくしゃりと少年の頭を一撫でしたのだった。










































――――――――
 小さな騒動の後、ランサーは洗濯物を取り込みながらはたと思い出し、乞われた名前を口にした。





「…ギルガメッシュ」





 すとんと腑に落ちた。
 何故、避けていたのか。今まで同じ名前のあの子供をその名で呼んでやらなかったのか。


 呼んだ覚えすらそれ程無いと思っていたその名前が、どこかで馴染み深く感じた。


 何時如何なる時にその名を口にしたかを考え、そして頭を過ぎる瞬間瞬間に、冷や汗が出る。





『足を開け』
『身体を…弛めろ』





 閨での事等、忘れていたかった。
 項の辺りがざわつく。後ろから抱かれる時に息の吹きかかるあの感じ。


 そして気付けば名前を呼んでいる。


 幾度も幾度も。
 吐き気がする程の羞恥の中で。


 心は望まないのに耽溺してしまう快感を伴ったあの名の響きは、あの明るく、軽やかな少年を呼
ぶにはあまりに似つかわしく無い。


 口中に響くだけで、鈍く苦い思いがこみ上げた。









「あー……意識すると、遣り辛いな畜生」









 だから多分当分は名前では呼べない。








「子供、坊主、ご主人様――か。そっちのが幾らかマシだ」








 独り言ちる言葉は、自嘲めいて響いた。










+++++
という訳で、まだラブラブじゃない小金槍(御幣有)でございました。
その後普通に槍は時々小ギ様を「ギルガメッシュ」と呼びますが、
名前は一緒でも違う人間だとは思えるようになったんじゃないかと(曖昧すぎる☆)。