注*小さい英雄王とランサーが一緒に暮らすかどうかは判らない、出会って数分後?のお話です。
「お兄さーん、ちょっと待って下さいよー!」
少年は、ランサーの歩幅の大きさに振り回されながらも、たったったっと足取り軽く付いて来る。
ランサーには、振り回しているつもりはない……しかし出来ればどこかで諦めてくれればとは思
っている。
「……」
「……?」
ちらりと後ろを見ると目が合って、はにかむように少年が微笑む。
子供らしい仕種だった。
「……」
ランサーはストライドを広げてますます、さくさく歩き出した。
慌てた声が背後で聞える。
「ちょっ、ちょっと、お兄さんってば!!聞いてるんですか?」
見覚えある気に食わない男と特徴をかなり同じくして、それでいて全く違う物の様な顔。
というか、当人だそうだ。
信じられない事に。
これが当人。
正直仰け反った。
何でコレがアレになるんだ?
成長途中に何があった?
という疑問が頭を巡る間も、少年はにこにこと愛想を振りまき続けた。
友好的にやりましょうという態度を崩さなかった。
……子供は嫌いではないしまとも、どころか育ちの良い優しそうな、真っ当な子供に見えた。
しかしコレは、アレなのだ。
アレなのだ。
それだけで、あまり関わり合いたくないという物だ。
と、考えているうちにスピードが落ちていたのか、くん、と後ろに引っ張られた。
いやいや再び振り返ると、小さな指が、シャツを摘んでいる。
少年は上目遣いで嬉しそうに
「やっと止まった…」
と笑うのだ。
子供らしくて微笑ましいと思う反面、薄ら寒さは消えない。
だってコレは、アレだから。
アレ。
アレなんだって。
子供は小首を傾げて、何度か目の提案をする。
「――お話しましょう?」
「遠慮する」
「そう言わず」
「……俺はお前の面倒を見るつもりなんざ無いぞ」
ランサーが厭味ったらしく見下ろすと、少年はあははと軽快に笑った。
「やだなぁ判ってますよ、そんな事考えてません。面白い人ですね…ランサーさん」
「あ?!」
お兄さん、の次はさん付けだった。
ますます信じられない。
「何ですかその返事…だからボク、ちょっとお話がしたいだけなんですってば」
「……何か企んでんのか?」
「企むって?」
と当然の様に聞き返す、その仕草すら幼い。
それがもう普通ではない。
だってこれはあの英雄王なのだから――
「…あのな」
ランサーは少年に向き直った。
「正直、俺はお前の事が気に食わない。判るだろ」
だから、付いて来るな、とゆっくりだけれど言い切った。
大して少年は特にショックを受けるでなく、不思議そうに口を開く。
「…でもボク達って、殆ど初めて会ったばっかりみたいなものです」
「――――」
気に食わないのはボクではないでしょう?というのは当て擦りなのだろうか。
…そう言われれば、そうなのかもしれないけれども。
…でも確かに相手には、初めてみたいなものだ。
相手は「子供」で、事情など知る由もない。
表情の強張りを隠せないでいると、少年は初めて消沈して見せた。
「こう言ってもやっぱり駄目なのかなぁ……よく、判らないんですよね……あなたの知ってる人が、
ボクだって、頭では判ってるんですけど。でも…やっぱり自分自身っていう感じはどうしてもしな
いんです。だから、一緒にされたら困るんです」
実際が沸かないのはこちらも同じなのだけれど。
その表情を見ていると少し、絆されそうになる。
もしかしたらあいつだってこんなに小さい頃は、なんて考えそうになる。
その隙を付く様に少年はランサーに詰め寄った。
「――――だから、いっそ顔の似た親戚の子とでも思って頂ければ、ね?」
ね、じゃない。
「…いや、何だか」
「そうつれない事言わないで下さい、仲良くしましょうよー」
細い腕がぎゅうっとランサーの腕に巻きついた。
最近はそんな事を人にされた覚えが無い…これが胸の膨らみもたわわな女だったらなぁと思わなく
も無い。
子供はふと遠くに何かを見つけて、そうだ!と大きく声を上げた。
「あ、ほら。アイス奢ってあげますね!」
「…は?」
突拍子も無い言葉に呆気に取られていると、今度は手を握られた。
こっちこっちと向かうのは、露天のアイスクリーム屋だ。
「おい、ちょっ」
俺は要らないぞと言おうとするランサーを遮り、通りやすい高めの声で子供は言う。
「えーと、敵に塩を送るとか言いますよね。でも、別にランサーさんとボクは、敵じゃない」
何の話をしているのか、訝しげな露天の店主に指差しで
「これとーこれ!」
と注文をした後ランサーの方を向く。
「それにアイスの方が甘くて美味しいですよね」
バニラとチョコレートを一つずつ受け取り、チョコレートの方をランサーに無理矢理押し付けた。
「……あのなぁ」
「ほらほら、こっち溶けてきてます。食べて食べて」
「むっ」
もうなんでもいいですから、と言わんばかりに唇にアイスが押し付けられた。
拍子に舐めてしまう。
口を付けたからには食べない訳にはいかない。
「…む」
「あ、美味しいですねこれ」
確かに、なかなか美味かった。
チョコレートの甘さに苦味、香ばしいナッツの様な風味。
しつこくなくさっぱりして、それでいてこくがある。
思わずぺろぺろとアイスを嘗め齧るランサーだ。
その様をみて子供はやっぱりにこにこ笑う。
気に入ってくれたなら嬉しいなぁ、みたいに。
「……」
ランサーは無言でごそごそ尻ポケットから財布を出そうとするが、それも子供は制止した。
「駄目です!良いんです、ここは奢らせてください」
「…子供に払わせるかよ」
「……ふふ、子供って事は理解してくれてるんですね?」
はっとする。
ばつが悪くて、ランサーは返事をせずにアイスに唇を押し付ける。
子供もぺろりと赤い舌で白いクリームを嘗め掬った。
風を気持ち良さそうに受けて一度目を瞑り、ランサーを見据えた。
「――とりあえず、でも良いじゃないですか。今僕らは戦いを介していない関係なのは確かです。
とは言えども僕らはサーヴァント。うっかり刃を交えるなんて万が一そういう状況になったら…」
にやりと笑う。
それだけで印象は全く違った。
「ボクの胸を、貴方の槍で突けばいい…ただそれだけです」
甘える様な甘さとは違う、凛としたいい顔をする。
「――――は」
緊張感走る中ランサーが息を吐くと、子供は再び善良な子供へと換える。
「でもま、そう簡単にやられてはあげませんけどね☆」
「ああ……判った。そっちのがいっそすっきりする」
「でしょう?」
「ああ」
ランサーは参った、と笑う。
少年もにっこり笑う。
何がとは言わないが…大丈夫な気がした。
「判ってくれると思いました。そういう所素敵ですよ、ランサーさん」
ひょいっと唇の端を嘗められた。
う、と眉を顰めるランサーに子供は
「チョコも美味しいですね」
と躍り出る。
「でもちょっと無用心が過ぎる。知らない人に物を貰っちゃいけないんですよー?」
合わせ技一本!
と現代の子供らしくはしゃぎながら前を駆けていく。
この英雄王は随分と…お茶目な様だ。
「だからこっちは知らなくはねえよ……あーあ、今この場で首絞めとくのが良策かね?」
実際やりはしないけど、と苦笑しながら囁く。
蛙の子は蛙、子の王もまた王なのだろうか、ランサーはそんな事を思った。
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ランサーは多分犬に嘗められた位しかないと思います。
小さいギ様は演技とかではなく男前だったり格好良かったりして良いなぁ。