長い事雨は降りやまない。



「ぁ…はっ、はっ」

 青年は、弾む息を抑えながら険しい山道を走る。
 紫色のローブは濃紺に染まっていた。纏わりつき幾度と無く足を取られる。いっその事
脱ぎ捨ててしまえば良かった。けれど身を隠す物を失う事が彼にはあまりにも心細く感じ
られたのだ。

 飽きる程一人きりで、考える時間は腐る程ある。

 しかし脳は少しも休まらない。冷静でもいられない。
 先刻人を殺めたその頭に浮かぶのはいかにして生き永らえるか、だけだった。
「……、く、ふ」


 渇いている。


 髪を濡らし頬を伝う雨の雫を舐めても癒されないその渇きは、湯水の様に身体から抜け
落ちる生命力その物を欲すから。
 小さな生き物の気配は絶えず耳に、肌にざわざわするのに。
 キャスターが求める「利用出来るもの」は近くにはいない。
 走っても、走っても見つからない。

 女。
 女がいれば、犯して魔力を奪うのに。
 いやいっそ子供でも、男でもいい。
 どんな非道な真似をしてでも生き延びたい。
 けれど、きっと後数分持つか持たないかの身体は、もう言う事を聞かなかった。
 ぐずりと一度、身体が揺れてしまえばもう駄目だった。
 膝は泥濘に落ち、数瞬遅れて上半身も倒れる。
 ばしゃりと水が跳ねた。

 後はもう消えるだけだろうか。
 冷えていく体を意識してそう思う。
 流石にもう動けない。
 動けなければ、もうどうしようも無い。
 諦めが付いたとは言わない。今も自由がきく指だけには力が込められた。
 泥を掻く。爪がざりざり線を描く。
 けれど、それだけで。


 ……歯痒い。
 けれど本当にもう、
 何も。



 一層雨足は強まり、けれど辺りは静かに


 静かに





「死んでいるのか」





 女が、立っていた。





 低めの、年嵩の女の声に、心臓が跳ねた。
 どくどくと血が通い始めた気がする。
 生命の固まり。
 求めたそれがすぐそこにある。
「…ぁ」
 声とも言えない吐息に女の気配が近づく。
 物怖じを感じない、雨の中でも揺るぎない歩調。
 精一杯開いた目に映る、グレーのパンツスーツに泥の跳ねた黒いパンプス。


 それが目の前に
 ある。


「生きているのか」


 尋ねるというより確認のようだった。
 頷いたつもりがそう見えなかったようだ。
 女はその場にしゃがみ、キャスターの首を持ち上げもう一度同じ問いをした。
 頷かずとも伝わったように思える。
 女はキャスターのその存在の危うさを感じ取り、暫くの無言の後こう告げた。


「死ぬのか」


 ああ、そうかもなと、事実を受け入れた。
 やはりそれが定められた事の様に聞えたから。

 けれどそうなりたい訳ではない。
 そうじゃないと、惨め過ぎる。
 答えにはなっていなくとも、こう答える位は許される気がした。


「…く、ない」


 死にたくはないと、途切れ途切れだが声は出た。
 女はやはり少し黙り込み、「そうか」と呟いた。
 その間もほっそりとした指は、キャスターの顎を捉えたままで。
 どうしようと言うのか、
 どうしようともしていない。


 雨の滴に濡れた眼鏡の奥は、不思議な色をしていた。
 表情が無いという言葉だけでは言い表せない、何かが決定的に欠落した目。
 こんな異様な姿を、異様な男が晒しているのに。
 自分は怖くないのだと虚勢を張っているようなのとは、まるで違う。

 こんな己を恐れる要素など一つも無いのだと言われている気がする。
 そしてその上、少しの同情も窺えない。


 貴いまでの潔さ。


 女は無表情に指を少しだけ動かして、キャスターの頬の骨をつうとなぞった。
 黒く短い髪に滴る水が、不健康なまでに白い肌を伝う。


 己の顔に落ちた滴が唇に落ち、
 舌に触れた瞬間、
 キャスターはそれを
 甘いと感じた。




 生への執着から生まれたのかそれとももっと性的な物だったのか。
 次の瞬間、体はキャスターが真に望む行動を取った。
 絡める様に腕を掴み――


「―――」
「っ」


 性急に口付けた。


 女がほんの一瞬だけ怯んだのを見計らった訳でもなく、しがみ付いた腕に重みを込めた。
 キャスターは女の半開きの唇を、字の通り獣の様に喰らい付く。
 女の都合など知った事かと、遠慮の無い。

 唇は冷たく薄く、けれど柔らかい。
 口内はどこまでも熱く温んでいて、キャスターはすぐに夢中になった。
 流れ落ちる雨水が、女の唾液が、少しも楽にならなかった渇きを癒していく。


「……」
 ふと、反抗の無かった女の手が、
 どこか優しくキャスターの頭に触れた。


 …不思議な女。


 激しい劣情は薄れぬまま、とろりと甘い感情が生まれる。
 それと共に酷く切ない。
 抗えない。
 経験の無い激しい違和感に、キャスターは悶える様に女を押し倒す。
 主導権を奪う様に唇を奪うが、それで違和感がどうなるでもなくますます激しくなった。
 もう何が欲しいのか判らなくなった。


 地面は女の身体を幾分優しく受け止めていて、覆い込むキャスターの身体を女は優しく
受け止めていた。雨水と泥に汚れた自分はきっと滑稽だろうと思うのに、女は同じ状況下にあって美しく見えた。
 まるでキャスターが女に注いでいるような形で、その実女から、キャスターへ。
 器から、器へ。
 雫が落ちる様に、熱が注がれる。



 身体が熱を帯び始めたのに女は気付いたのか、身を起こし
「……これで足りたのか」
 尋ねた。


 ああ、やはりこの女は違う。
 普通ではない。
 けれどそれに酷くキャスターは……感じたのだ。































「――宗一郎も宗一郎だ!」

 発憤し続ける一成を前に士郎はうん、と頷く事しか出来ない。
 全く内輪の事だから内密に、と前置きされた上での愚痴だった。
 最近様子がおかしいなとこちらから探りを入れたのだが…。

 瞬間米粒が顔に飛んできた。

「異国のッ、どこの馬の骨とも判らん男を家に引き入れて言うに事欠いてこ、婚約者
などと…しかもむ、無職なのだぞ!?宗一郎は、どうかしてしまったとしか思えな
いッ!」
「うん、うん…大変だな…」
「あの優男、雄狐ふん、愛想良く朝から境内の掃除なぞしてみせるが……俺だけは騙されんぞ…!
化けの皮を剥いでくれる!応援してく れるな衛宮!!」

 士郎は返事はせずにはははと笑うだけだった。
















あとがき



男と女が違うだけでこれだけ周りの反応は変わってくるのね!みたいな。
最後のネタがやりたかったというのが本心です(笑)。
葛木先生が女だったらきっと地味系セクシーだと思います。
途中セッ○スピス○ル○してるののには後に気付いた訳で
もういんすぱいあとかだと思ってくださって良いです(汗

【入】