教会の、奥まった一室からやっと出た。
 窓一つ無い廊下を歩きながら、士郎は黙っておられず呟く。
「あれ…あんたがやったのかよ」
「あれ…?ああ、性交の跡か」
 生々しい発言に一瞬怯んだのが判ったのか、言峰は鼻で笑う。
「これでも私は聖職者だぞ?馬鹿げた事を聞く」
「…マスターなんだろ。戦うんだろ。その時点で聖職者なんてアウトじゃないのか?」
 士郎は挑発気味に言った。
 それに関しては言峰は士郎と論を交える気など無いようで「私ではない」と答えるだけだ。
 何か腹立たしくて士郎の声は大きくなっていき――
「じゃあ誰が、何故あいつをあんな――!」
 ぴた、と顔の前で制止するように、言峰の手が士郎の顔を翳らせた。


「あいつを、とはランサーのことだな?」
「ああ」
 そうに決まってるじゃないか、と士郎は告げる。
「あれを、誰が痛めつけたのかと聞いているのだな?」
「そうだ」
 何度も言わせるなという士郎に、言峰はふむと一息ついて
「しかしそれを知っておまえはどうするというのだ?」
 訊ねた。意外な言葉に
「どうする、って」
 困惑した士郎に、続けて言峰は尊大に告げる。


「幾ら自覚が薄くとも衛宮士郎、おまえは自らがマスターたる事を選択した…それが何を
示すのか。そして相手が何者なのかを知り、その上で疑問を私に投げ掛け、答えを得、そ
れでどうするのだ、と聞いている」



「それは…」
 もっともな事だった。
 でもここ数分そんな事頭から抜け落ちては、いた。
 相手は、敵で。
 人ですらない、一瞬で人一人滅す事も容易いような存在だと、士郎は本気で忘れかけて
いた。


 でも、それは仕方が無いじゃないか。
 何故なら相手は傷付いて苦しそうで、まるで人と変わらないんだから。


 言峰はずっと口中で温めていたかのようにゆっくりと、ゆっくりと噛み締めるように


「それとも………おまえがあれを救ってみせるとでも?」


 敵のサーヴァントを、と問われ…けれど、そんな事、容易く頷けない。
 けれど自分に出来る事があるならばそれを選ぶに決まっている。

 そうせずにはいられない――


「例えば…そうなのであれば、出来る事もあるにはあるのだがな。なんせあれが今弱って
いるのは魔力の急激な減損の所為だ…それを補えば直ぐに楽になる」


 士郎は意外な言葉に目を見開いた。
 あの身体の痕が脳裏を過ぎる。
 苦しそうなランサーの姿。
 痛ましい表情。
 確かにあの時士郎は、ランサーを癒してやりたいと思った。


 そして声が微かに柔らかさを帯びる。
 人魚姫を拐かす魔女の様に。


「しかし私にそれをする気は毛頭ない。代りにおまえがそれをくれてやるか?」


 士郎はしばらく無言だった。


 しかし答えは出ていた様に思える。
 存外つるりと喉から出た。
「構、わない」
 数秒の間と、言峰の微笑。
「敵のサーヴァントになけなしの魔力をくれてやるというのか?」

「…関係ない」


 関係ない事は無い。
 知っているけれども、強がりと知っていてそれでも気持ちは変わらなかった。


 だってあんな
 全て吐き出したいと叫びそうだった男を、放ってなどおけない。
 それが、俺だ。





 言峰は微笑を深くした。
 その理由を士郎は知らない。





 次の瞬間、言峰は少し困ったような顔をした後溜息を一度吐き「…そうか」そして「酔
狂なやつだ」
 それには答えずに、士郎は苛立たしげに「…どうすれば良いんだよ」と尋ねた。
「魔術を供給する…おまえとランサーで一時的なパスを繋いでやれば良い」
 いとも容易く言峰は言うが、方法がまったく見えない。
「…それで」
 どうしたらと俯き続ける所を応えに切られた。


「抱いてやれ」


 え、と面を上げると言峰はとても面白そうに笑った。
「……おまえにそれが出来るか」


 想像した。
 いや、想像出来ない。
 けれどどうにでもなる気はした。


 士郎は頷く。


「……それで、あいつが助かるなら」


 ああ、今一線を越えてしまった。
 でも言葉はもう戻らない。
 前に進むしかない。

「……それをあれが感謝すると思うか?」


 士郎はもう答えない。
 佇むだけ。それで言峰にはもう知れた。





「そうか」

 士郎は踵を返した。来た道を戻る。



 良い選択か否かなどもう考えたくない。
 行えるを行うだけだ。



 暗い闇の中に再び消える――。







 言峰の忍び笑いが背中に聞えた気が、した。










[BAD END]













「博愛主義が行きすぎて士郎が踏み込んだ先は薔薇の園。という訳でバッドエンドでー
す!ばかばか!」
「はいはい!でも師匠ホモに走ったからってバッドエンド決定は酷いと思います!別に良
いんじゃない?人に迷惑かけなければホモだって」
「まあね、それについては同感よ。でも身内がって思うとちと辛い…お姉ちゃん複雑。で
なく!この選択は間違い無く失敗なの」
「どうして?」
「だってこの後士郎ランサーさんから魔力むさぼるだけむさぼられたらその後ポイよ?」
「うーわーそれはキツいっすねししょー…ある意味腹上死?」
「士郎は最後ランサーさんが次来たら殺す、って視線を受けてたんだから、それで自分が
彼にした事に気づくべきだったの。相手は誇り高き英雄よ?来たからには魔力とかなんや
かんや吸い取っとくかと思っても、そんな姿見せた人を生かしてはおかないでしょ」
「それはそうよね…シロウも、何となく判ってたのかもしれないけど」
「一時の同情と色気に惑って命を捨てるな!快楽の一寸先は闇よ!」
「…なんか性教育みたいになってきたよーな」
「教訓は「飼えない犬は拾わない!」」
「あ、そゆ事だ!」


ばしん(襖のしまる音)