blind





































 ミリ単位程に、細く細くドアが開いている。
 本当に小さな隙間。普通なら見落とす筈のその先が、ライダーの視界に入った。
 生々しく映る、柔らかく白いラインが何度も光を弾く。
 少し色みの濃い滑らかな腰に激しく揺さ振られて。


「ぁ…いやぁ…」
「…っ黙れよ」
「ひっああ――!ふ、あ、にいさ…あ、ぁ――っ」
「黙れって言ってんだろ!」


 壮絶な啜り泣きに重なる罵声を聞くが、そこに踏み入る様な真似はしない。
 いたい、くるしい。いや。そんな声が聞こえて来そうな悲痛な喘ぎ。
 でも、やめないで。と重なるのを感じるそんなこえ。


「――――」


 長い事じっとそこに立っていた訳ではない。
 しかし踵を返そうと思った瞬間、視線を感じた。
 真っ直ぐな、慎二の視線。
 そして目が合う。
 桜の首に顔を埋めながらなお…にやり、と笑った。


 ライダーは踵を返す。
 細い細い、瞳孔よりも小さいであろう隙間。
 酷く歪んだ真っ直ぐな視線が突き刺さったまま。










 いたぶりは夜更けまで続いた。
 興奮も冷め遣らぬといった風情で慎二がライダーを呼んだ。


「…いるんだろう、出て来いよ」


 姿を消しているライダーを感知する力は無い彼の声が、確信めいて響く。
 ライダーはほんの少し間を置き、姿を現しながら慎二を見据えた。
 素肌に羽織ったシャツが汗ばんでいる。相当な体力を消耗しているのが伺える。


「……シンジ」


 何か、と告げるが、慎二はくすくすと笑うばかりだった。


「はは」


 ふと顎を反らした尊大な態度に、晴れやかな笑顔。
 痛烈に淀んだ瞳。


「……変態」
「……」


 黙りこくるライダーに慎二はくっと唇を歪ませる。
 テーブルに腰掛けながら腕を組む。


「物欲しそうな顔をしてたよなぁ、お前…見られてるって、桜に教えてやっても良かったんだけど
さ」
「シンジ。」
 普段から抑揚の無い声に更に抑揚が無く、ライダーの気に触ったのが慎二にも伝わった。
「…喜ばれても困るから、言わなかった。そう怒るなよ、気持ちが悪い」
「…………」


 畏縮した気分を取り成すように慎二も声を潜める。
「……直ぐにそう黙れば良いと思ってるんだなお前は」
 そうして大きく踏ん反り返った。
「仲間に入れて欲しかったならそう言えば考えてやっても良かったのに」
「……シンジ」
「っ呼ぶな…!!!!」
 傍にあった硝子の一輪挿しがライダーの頬を掠めた。
 がしゃん、と繊細な造りのそれが砕ける音が部屋中に響く。
 ライダーはそれでも微動だにしない。


「……苛々する!!」


 長い髪をぐい、と引かれた。
 ライダーは抗わないので身体は容易く密着する。
 ふと、慎二が小さく溜息を吐く。
 手が…額を、鼻を、目を。
 次々と触れていく。




「…綺麗な顔。女みたいだな」
「……」




 慎二はそれに気を良くし、何度もそうした。
 …正直そこらに触られるのは嫌だった。


 不快さがライダーの脳内を黒く黒く染めていく。
 ああ、極限が、と。ライダーは薄ぼんやり思った。


 そこに慎二は再び髪を強く掴み、高慢に言い放った。






「いっそお前が桜の代わりをするか。そうしたら…いつもみたいなのは止めてやっても良いぜ?」







 極限が


 そう自覚する前に目の前の頭に手を伸ばしていた。








「え」
 癖のある後ろ髪を掴み、テーブルに押し付ける。
 鈍い音がした。
 それをぐいっと再び眼前に引きつけた。
 赤みの射す額を見やると、その顔はライダーの突然の凶行が理解出来ないのかそれとも痛みに耐
えかねてか、目を移ろわす。


「な」
 再び顔を近づけ、無理矢理。


「…良いでしょう。私がお相手差し上げても」


 目が見開くのを見届けずに、腕を掴み浮いた身体を救い上げた。


「な、っライダー」


 乱暴に担ぎ上げ、向かった先は慎二の自室だ。
 階段を優雅に上がり、廊下を渡る。そしてドアを、開けた。


「っ!」


 ベッドに放る。


 慎二の身体は一度大きく撓みバウンドしたが、身を起こすのには時間を要しその隙をついてベッ
ドに片膝を立てた。
 ぎゅうっと慎二の身体がベッドに沈んだ。
 萎縮し不安げに見上げてくる目はしおらしげだと皮肉に思う。


 けれどライダーは知っている。
 この少年の中にある欲望が綺麗な物ではない事を。


 満たされたいという感情を持て余している事を。


「シンジ」
「……」
「……これから何をされるかわかりますか」


 あなたが、とさっきされたように慎二の頬に触れた。
 張りがあり、自分のものとは随分違うその感触。


 確かめる様に触れるのは、柔らかな中に何か大切な物が詰まっていそうなそれを、掌に包んだま
ま握りつぶしてみたい衝動の所為、だろうか。


 指を使い性的なニュアンスをもたせ時に強めに指を食い込ます。
 閉じた唇を割り口の中の粘膜に触れた。
 ぐりっと上顎を掠めて舌を弄る指の動きはとても淫らだった。


「ふっ」
「熱くて…滑っていますね。喉が渇いているんですか…?」


 くちゅ、と音を立てて指が離れた。


「……飲ませて差し上げますよ」
「んうっ」


 開いたままになった慎二の口に舌を滑り込ませる。
 わざと唾液を湿らせた舌でぬるぬると口内を貪ってやると、慎二は息も絶え絶えに呼吸をしよう
とするがライダーはそれを許さない。


 透明な唾液は慎二の喉奥へと流れ、細い首が時々苦しそうに上下する。
 殆ど唇だけでの責めなのに、慎二はどんどん力を無くし、従順そのものになっていく。


「……ふ、はぁ…」


 離した唇と唇の合間で呼吸を荒くした慎二を見下ろす。
 ライダーは身を起こし冷やかな声を落とした。










「……もう降参ですか?」


 それならばそれで結構、しかし慎二は弱弱しくその長い髪を指に引っ掛け、強く引いた。








「……足りない」
「…シンジ」
「…お前だ」
「…」
「相手をすると、言った」



 気丈にライダーを睨み返し、濡れた唇から舌をちろりと見せる。
 長い髪を強く指に絡めて引っ張る。
 もっと、と声無き呟きを聞いた。


「僕を、何も考えられない位に……させてみせろよ」


 出来る物ならなとまで付け加えられ、


「……ええ」





 やがてライダーの薄い唇に酷薄な笑みが浮かぶ。











「……その願い、そのまま叶えて差し上げる」












 そしてその夜は言葉通りになった。
















【to be continue///】